「富士見L文庫×カクヨム 美味しい話&恋の話」短編小説コンテストにて、
『レシピのないカレーライス』が受賞作品として選ばれました!
12月15日発売予定『飯テロ 真夜中に読めない20人の美味しい物語』に収録されます。
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2014年09月19日

なんちゃって裏社会パロディ『死炉苦炉』

「ちーちゃんには言ったっけか、俺が桜井組に来る前の話」
 ある麗らかな日の午後、桜井組の所有する雑居ビルの屋上で煙草を吸いながら休憩していた冴夏は、隣で空を眺める異散に不意にそんな質問を投げかけた。
『聞いたことない』
 視線を空から手元の携帯端末に移した異散は、そこに文字を入力し音声出力させて冴夏の問いに答える。
『前に教えてくれたのは、目が見えない理由だった』
 異散の言葉に、あぁそうだっけ、と頷いた冴夏は、それまで吸っていた煙草の火を消した。
「この際だから言っちゃうけどさー。俺、裏の業界じゃあちょっと有名な家の人間なんだよね」
 知ってる? クリーニング一木≠チて通り名ーーと、苦笑いを浮かべながらに話す。
「だっさい通り名だけど、シミ一つ残さないくらい綺麗に死体を処理する暗殺のやり口から、そんな風に呼ばれてるんだって。んで、俺ってばそこの長男として産まれちゃったもんだから、跡取りとして、それはもう、ちーちゃんには聞かせられないくらいえげつないあれこれを教え込まれてきたわけだよ」
 相槌も打たず話を聞いている異散に冴夏は、だけどね、と言う。
「俺にはそういうの向いてないなーと思って、家出しちゃったんだ。死に物狂いで家を飛び出して、それからいろいろあって、桜井組に拾われて。そんでちーちゃんに会えた。あ、あといーくんも。結局カタギにはなれなかったけど、一木に居た時には経験できなかったことばっかりで、楽しい毎日だなぁって――この毎日を大事にしたいって、初めて思えたんだ」
 でも。
 冴夏は深いため息を吐き、先ほどまで異散が眺めていた空を仰ぐ。
「そんなの、一木の家が許すはずなかった。一木は俺を家に連れ戻す為に、何度も何度も刺客を送り込んでくるようになった」

『大体わかった』
 話し終えた冴夏に、異散は端的に言う。
 それと同時に、屋上に繋がる扉が開く音がした。
 現れたのは、見るからに裏世界に属していると分かる屈強な男達ばかり。
「あっちゃー、もう見つかったか。良い逃げ場所だと思ったんだけどなー」
 赤い髪をくしゃくしゃにしながら言う冴夏。
『どうして街中で突然逃げる事になったのか分からないままコナツと逃げてきたけど、それがコナツの所為なんだって、よくわかった』
 呑気な事を言う冴夏の隣で淡々と文字を入力し音声出力する異散だが、明らかに尋常でない怒気を孕んでいることくらいは冴夏にも察知できた。
 そう、二人はこの屋上に辿り着くまで、街中をさんざ走りまわっていたのである。
 一木の家の連中をいち早く見つけた冴夏が、異散の手を取り走り出した。
 状況が一切理解できないまま、それでも追い掛けてくる連中に捕まってはいけない事だけは分かった異散は、桜井組の所有するビルであれば他の建物よりいくらか安全なのでは――という冴夏の提案にノータイムで乗っかり、息を切らして屋上に上って来た。だというのに、それが徒労に終わったのだから、それは異散でなくてもキレる。
『何をシリアスな雰囲気を醸し出して語り出したかと思ったら……。全部コナツの所為だ』
「だって! だって仕方ないじゃん! 俺の所為じゃないよ! 俺悪くない! 俺を連れ戻そうと毎度毎度刺客を送り込む向こうが悪いんだってば!」
『うるさい黙れボケナス』
 器用にビルとビルとを飛び移り刺客から逃げながら、二人は話を続ける。
『イツキの助言に従って、今日は家に居れば良かったのに』
「でも、ちーちゃん一人に仕事を任せるわけにもいかないじゃん。世の中物騒なんだから」
『物騒の中心にいる奴が何を抜け抜けと』
「あ、でもねちーちゃん。俺だって無策ってわけじゃないんだよ。前に一度、宇田川社さんに護衛を頼んだ事はあったんだよ」
『誰に頼んだの?』
「いつもロケラン持ち歩いてる三国さんって女の人」
『それで?』
「『ウチの三国じゃ護衛にならないだろうから無理』って断られた」
『だろうね』
 全力疾走で駆け抜けながら、異散はちらりと背後を見る。
『それより、何だかさっきより数が増えてない?』
「そうだね」
『コナツが目的なら、私は離脱しても良いはず……』
「文句垂れつつ一緒に逃げてくれるちーちゃん、俺は大好きだぜ!」
『今そういう話してない』



終わり

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……というわけで、なんちゃって裏社会パロディ『死炉苦炉』第二弾でした。
診断メーカーで、
一木冴夏 暗殺者の一族だったがその風習に嫌気が差して家出。一般社会に溶け込んでいたところだったが、そこへかつての一族からの刺客が迫る  口癖は「俺のせいじゃないよ!」  http://shindanmaker.com/389754
なんて結果が出まして、そこから膨らませてついったにちょこちょこ書いたのを加筆修正した次第であります。

冴夏さんの家が暗殺一族とかいうのは『死炉苦炉』内だけの設定ということで。
『死炉苦炉』の世界観だと、いつぞや書いてた『K』とリンクし易いので、ちらほら名前を出したりしてます。
冴夏さんからの護衛を断ったのは、部長か、或いはその相棒です。

またぞろ自己満足の記事に、ここまでお付き合いくださりありがとうございましたー!
posted by 爽川みつく at 21:46| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

まったりGWライフ

「ひっ……、や、ぁ……!」
 迫りくるそれに、思わず顔を覆いたくなる。
 しかし双子はそんな僕の手をいとも簡単に抑えつけ、言う。
「サクライはこれが好きなのか」
「サクライはここが弱いのか?」
 わざと声のトーンを落として、耳元で双子は囁く。
「や、やめ……! それ、やだ……」
 僕の必死の抵抗は虚しいまでに意味がなく、双子はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
「もっと顔を見せてくれ」
「隠さないでくれないか」
「なぁ、サクライ」
「ねぇ、サクライ」
「――っ」
 
 どうして僕がこんな情けない声をあげるに至ったのかというと、事の発端はつい2時間ほど前の事である。

「おいサクライ。お前これから暇か?」
「無論暇だろうな。僕らと一緒に来い」

 そんな問答無用の誘い文句とも言えないお誘いを頂いて、僕こと桜井樹は居上兄弟に連行……もとい、ご自宅に招待されたのだった。
 一体彼らは何をする気なのだろう。
 これは、僕じゃなくとも誰だって疑問に思う。あの双子が誰かを自宅に招待するだけでも驚きだけど、その相手が絶賛敵対関係にある僕だっていうんだから、何ていうか、これは天変地異の前触れなんじゃないかと僕は考えている。明日くらいにでも世界は滅びてしまうんじゃないだろうか、とか。
「この部屋だ。さっさと入れ」
「もたつくな。さっさと入れ」
 途中で僕が逃げ出さないようにか、双子は僕の両隣に僕を挟むようにして立ち、僕の肩を掴んでここ――居上兄弟のご立派な自宅へと連れてきた。そうしてこれまたご立派なドアの前に立たされ、双子はこの部屋に入れと言うのだった。
「ええと……、この部屋で何を……?」
 勝手に暇認定を受けて連れてこられたは良いが、その目的を僕は聞いていなかった。
 殴り合いの喧嘩になるような事を考えているのであれば、わざわざ自宅になど連れてこないだろう。自宅に呼ぶという事は、とりあえずひどい怪我を負うような展開にはなるまいと思って、僕もいつもよりは警戒のレベルを下げていたのだが。
「良いから。さっさと中に入れ」
「中に入れば否が応でも分かる」
 双子は目的を言う気はないらしい。
 今日はどんな嫌がらせをしてくるのだろうと、半分諦め、もう半分は覚悟を決めて、僕はそのご立派なドアを開けた。
「暗っ?!」
 そう、部屋の中は真っ暗闇だったのだ。カーテンを閉めただけではこの暗闇は作り出せない――きっと何か術を使ってこの空間を作り上げているはずだ。
 しかしそうなってくると、いよいよもって双子がこの部屋で何をするつもりなのかが分からなくなってきた。この暗闇で、やっぱり僕を殴りまくるつもりなんじゃないだろうか。そうじゃなくとも、この暗闇であれば僕は碌な抵抗が出来ない。それに乗じて、何か仕掛けてくるんじゃ――
「良いから」
「入れって」
 端的にそう言うと、双子は同時に僕を部屋の中へと蹴飛ばした。
 ぱたんとドアを閉じられればあっという間に視界は奪われ、案の定僕は双子にされるがまま、担ぎあげられて、そして――
「……うん?」
 ソファーに座らせられた。
 そんじょそこらのソファーではない。ふっかふかのソファーだ。
「最近の現世は、本当に技術の発展が素晴らしい。僕らの頃とは大違いだ」
 言いながら、双子のどちらかが僕の右隣に座った。さすがにこの状況では、どちらかは見分けがつかない。
「そしてそれが丁度サクライの弱点らしいという情報を、僕らは耳にした」
 かちゃかちゃと、何か機械をいじる音がする。どうやらもう一人の方は何かの準備をしているようだ。
「安心しろサクライ。今日はお前に物理的な危害を加えるつもりはない」
「安心しろサクライ。今日はお前に精神的な危害をたっぷり与えてやる」
 あ、これはやばいやつだ。
 遅まきながらにそう確信した僕は、
「ぼ、僕、ちょっと急用を思い出して――」
逃げ出そうとして、
「逃げるな馬鹿」「逃げるな馬鹿」
と左右から同時に腕を掴まれ、強制的にソファーへと戻されてしまった。
 何をするつもりなのかと、今は動いていない心臓が、ばくばくと鼓動を打つ錯覚に陥る。
 しばらくすると、目の前がぼぅっと明るくなった。これは、テレビの明かりだ。そうして、何やら制作会社のロゴが出る。
「……映画?」
「そうだ。今日はお前に、ホラー映画を観てもらう」
「サクライ、お前はホラーが苦手だそうだな……?」
 テレビの明かりを受けて薄ぼんやりと見えた双子の表情は、かつてなく凶悪な笑みだった。
「ぼ、ぼぼ僕がホラーが苦手? なななな何をででででまかせ言ってるんだか分からないですねねねね」
 どこからその情報を掴んできたのか分からないが、しかしここで怯えてしまったら僕の負けが確定する。この双子に負けるのは許せなくて、僕はめいっぱいに虚勢を張って出た。
「お前、本当分かりやすいな」
「馬鹿みたいに分かりやすい」
「…………」

「ひっ……、や、ぁ……!」
 そうして、現在に至るというわけだ。
 双子の選んできた映画というのが、僕がかつて経験した事のないような恐怖を与える類のもので、僕はそんな情けない声を上げてしまっていた。 怖すぎて画面を観ていられないから顔を覆ってしまいたいのに、双子は僕の両腕をがっちり掴んで放さない。
「サクライはこれが好きなのか」
「サクライはここが弱いのか?」
 わざと声のトーンを落として、耳元で双子は囁く。それが半端なく恐怖を煽って仕方がなかった。
「や、やめ……! それ、やだ……」
「もっと顔を見せてくれ」
「隠さないでくれないか」
 画面の中で、小さな物音がした。主人公が即座に振り返る。誰も居ない。BGMがどんどん盛り上がっていく。
 ああ駄目だ、もうすぐすさまじく怖いシーンがくる。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
「なぁ、サクライ」
「ねぇ、サクライ」
「――っ、もうホラー系苦手なの認めますから! 認めますからこれ観るのやめましょうよぎゃあああああああああ!!!!!!」
 実質の敗北宣言だった。
 もう限界ぎりぎりだったのだ。このままでは僕の精神状態に異常を来す気さえした。
「何を馬鹿な事を言っているんだ、サクライ」
「映画は最後まで観るのが常識だ、サクライ」
 しかし双子は、僕の敗北宣言を聞いても尚、映画鑑賞を続ける気満々だった。いや、或いは敗北宣言を聞いたからかもしれない。

 恰好のネタを見つけた双子が、その後、定期的に僕を強制連行してホラー映画鑑賞会を始めるようになるのは、避けようのない未来であるように感じた。


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……ということで、(双子は)まったり(サクライをいじめて楽しむという、樹くんにとっては)G(拷問の様な)W(約一週間に及ぶ)ライフ(激減の日々)でした。
GWだねーってところから妄想して、ついったで書いたネタから膨らませた感じです。
結果的にGWは微塵にも関係していませんが、まぁいっか☆
双子と樹くんについてですが、何かもう一周回ってお前ら実は仲良いんじゃないかと思うようになってきました。
案外、和解する日だって近いんじゃねぇのー(適当)
posted by 爽川みつく at 22:29| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

昨日の話

「昨日3月6日は弟の日だったらしい」
「ほう、そんな記念日が存在するのか」
「作中で兄弟設定があるのは僕らだけだからと、今回は僕らの出番がきたというわけだ」
「投稿用の大幅な書き換え作業によって思いきり出番が減った僕らの出番というわけか」
「……それで、お前はどう思うサクライ」
「僕らのどちらが弟だと思う、サクライ」
 そう言って、双子は同時に僕の方を向き、問いかけた。
「…………。正直、どっちでも良いです」
 オブラートに包む事などせず、僕は思った事を正直に口にしたのだが、その声は怒りで少しだけ震えていた。
 それは僕だって怒りたくもなる。こんな状況では、誰だってそうだ。
 だって今、僕は双子によって拉致され椅子に縛り付けられた状態で、こんな質問をされたのだから。
「つれない事を言うな、サクライ」
「僕らとお前の仲だろ、サクライ」
「いやいやいや! 僕ら敵対関係みたいなものじゃないですか! 何そんなフレンドリーにどうでも良い事を僕に訊くんですか!!」
 何の気なしにふと思った疑問を口にしたにしては方法がいささか乱暴すぎた。
 拉致監禁の上に拘束してまで訊くような事では、決してない。
「休憩時間の折、どちらが兄か弟かという話になった時」
「偶然にも、その近くをお前が通りすがったからだが?」
 それがさも当然であるように言う。
 この双子は自殺天使の癖に、常識というものを緋南さんに奪われでもしたのだろうか。
「……ていうか、そういうのは本人が一番知ってると思うんですが」
 さっさとこの場から脱出したくて、僕は結論を急かす。
「別にほら、僕を巻き込んで考えるほどの問題じゃないかと……」
「しかし、そこにこそ問題があったのだ」
「僕らにも、どちらかが分からないのだ」
「………………」
 あー、何かもう、泣きたくなってきた。逃げたい。
「僕じゃないのか」
「僕だと思ってた」
 しかし双子は、そんな僕には構わず相談を続ける。
「しかし喋るのはいつも僕の方が先だろう」
「それはいつもお前が先に喋り出すからだ」
「しかし真面目な話、僕らの出生については」
「時代と環境故に、不明な点が多すぎるのだ」
「特定は難しいだろうな」
「その手立てもないしな」
「おい馬鹿」
「サクライ」
 言って、双子は交互に僕を呼ぶ。
「お前は、どちらが兄でどちらが弟だと思う?」
「お前は、どちらが兄でどちらが弟に見える?」
 改めて問われたそれに、僕は一度、深いため息をついてから言う。
「本当、心の底から、どっちでも良いです」
 −−その後、二人の中で結論が出るまでの二時間、僕も巻き添えを食らった事は、言うまでもないだろう。

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……というわけで、まじでブログに書く事がないので、『しろくろ』の小話に逃げた結果がこれだよ!
昨日、弟の日ネタでちょろっと書き貯めておいたのをすっかり忘れて普通にブログ更新をしてしまったので、今日の記事で書いてしまおうというあれです←
posted by 爽川みつく at 23:48| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

なんちゃって裏社会コメディ『死炉苦炉』

 その界隈で「桜井組」と言えば、知る人ぞ知る麻薬を取り扱う事で有名な巨大組織である。
 その桜井組のボスには樹という名前の一人息子がいた。樹は実家がそういった組織である事をひた隠しにし、いたって平凡な高校生活を送っていた――のだが。
 ある冬の日、その夕方。

「桜井樹は預かった。返して欲しければ見つけてみろ。見つけられるものならな」

と書かれた手紙と、県内各所の雑居ビルから廃墟、山小屋の住所が羅列した紙束が送られてきた。
 樹のケータイには繋がらない。どころか、電源が切られているようだった。既に学校を出て帰路に着いている時間。ほとんど寄り道をせずに学校から帰ってくる樹がまだ帰宅していないという事が、何よりその脅迫状に真実味を与えていた。

「君たちを呼んだのは他でもない。ウチの馬鹿息子を探し出してきてもらいたいんだ」
 桜井組のボスは、呼び出した2人に件の脅迫状と住所のリストを見せて、そう言った。
 呼び出された赤髪の男と銀髪の女は、張り詰めた表情でボスの言葉の続きを待つ。
「リストにあるのは全部で168件。そのうち県外の住所が68件。県外の方は他の者に任せるから、君たちには県内の方――100件をあたってもらいたい」
 まったくやれやれ、と肩を竦めてボスは言う。
「期限は3日後。それを過ぎたら身の安全は保障出来ないという旨の脅しもきちんと書かれていた。大方、3日後の取引の妨害をしたいのだろう。樹を誘拐し、その捜索に人員を割く事で取引の準備をさせない気なんだ」
 ボスは2人の顔を交互に見た。
「取引の準備は予定通り行う。だから必要以上に樹の捜索に人員は割けない。他の者には難しいかもしれないが、君たちになら出来るだろう? これくらい」
 その言葉に、赤髪の男は軽く笑った。
「当たり前じゃないっすか。出来るに決まってます」
「そうだろうね」
 ボスもそれに釣られたように笑い、その笑みを更に深める。
「それじゃあ任せたよ――桜井組幹部の石動異散くん、一木冴夏くん」

「しっかし、いーくんも馬鹿だねぇ。このタイミングで攫われるなんて、絶対に今日発売の週刊漫画雑誌を買いにコンビニ行ったところをダイレクトに狙われてんじゃん。馬鹿っていうか無様すぎるでしょ」
 身支度を整え車の助手席に乗り込み、冴夏は言った。
『仕方ない。イツキだもの』
 ケータイのメモ帳に書いた文章を音声化させて冴夏に聞かせながら、異散は運転席に乗り込む。
 でこぼこな会話だが、目の見えない冴夏と声の出せない異散にとっては、これが通常のコミュニケーション方法なのである。
「そうだね、いーくんなら仕方ないよね。昔っから妙なところでドジなんだから――全く。だーから大人しく宇田川社さんに護衛を頼んでおけば良いって言ったんだ」
『コナツ、あんまり心配してないでしょ』
「まぁね。だってほら、いーくん土壇場で強いし」
『そうだけど』
「ね? まぁ気楽に行こうよ。どうせ今回も居上組の仕業なんだろうし、いーくんも殺されはしないっしょ」
『そうだろうけど』
 そんな風にどこか気の抜けた会話をしつつ、異散は車のエンジンをかけた。
「100件って数字は多いのか少ないのか、一般的に見てどうかは知らないけど、俺らにとっては少ないよね」
 なんて言ったって俺らは、と冴夏は邪悪な笑みを浮かべる。
「俺らはここのボスに拾われるまで、この辺りじゃ最強のゴロツキだったんだからさ。顔は広いし、情報網だって伊達じゃない」
 冴夏の言葉に、普段はあまり表情の変わらない異散も、少しだけ口を歪める。言うまでもない、とでも言いたげな表情で、異散はサイドブレーキを下げ、ギアを握った。
 そうして2人を乗せた車は、すっかり日の落ちて暗い街へと勢いよく飛び出した。


 それから、あっという間に期限の3日後へと時間軸は飛ぶ。
 異散と冴夏の持つ情報網を最大限に利用したにも関わらず、樹の幽閉されている場所の特定にはかなりの時間がかかってしまった。それはつまり、今回に限っては居上組が本気で妨害をしているという事である。
 結局2人は、ほとんど虱潰しのようにリストの住所を当たって行く事になった。
 リストに挙げられていた住所にはさまざまなトラップが仕掛けられていたりもして、2人とも満身創痍とはいかずとも傷だらけにはなっていて、超人並みのスタミナを持つ2人も、今回ばかりは疲労の色が強く出ていた。冴夏からは徐々に笑顔が薄れ、異散からは殺気がだだ漏れな状態である。
「それじゃあ、ここで100件目――最後なわけだけど。ちーちゃん、大丈夫?」
『大丈夫』
「ここが最後だし、ここにいるんだろうけど、もしここに居なかったらどうしよう」
『もう帰りたい』
「そうだねぇ。帰ってビールでも飲みたいや」
『右に同じ』
 街外れの廃工場を前にして二人は一度目配せし、拳銃を構えると工場へと足を踏み入れた。
 ――その時だった。
 奥の方から、ガシャアン!、という派手に物が倒れる音がした。
 誰か居る。間違いない、ここに樹がいる。
 確信した2人は、一気に廃工場を駆け抜ける。
 大丈夫だろうとは思うが、万が一という事もある。樹に死んでほしくはないのだ。
 平凡を望む樹は、しかし組織を嫌わない。裏社会の人間だからと言って、偏見を持たない。差別をしない。
 樹のそういうところが気に入っている連中は、組織の中には多い。異散や冴夏も、その連中のうちに含まれる。
 急いで音のする方へ向かう最中も、派手な物音は止まない。断続的に音は廃工場に響き渡る。
「いーくんっ!!!!」
 冴夏が勢いよく扉を開ける。
 扉を開けたその先に待っていたのは――

「ざ、ざざざ残念だったな! 僕は喧嘩ならそれなりに強いんだっ! ……って、あれ? 生きてる? 息してます? うそ、手加減は全くしなかったけど、僕はまだ素手で人を殺せるほど強くはないはずだよ……?」

 恐らくは居上組の構成員であろう双子を気絶するまで殴り倒した樹の姿が、そこにはあった。が、相手が気絶する事は予想外だったのか、おろおろと無様に動揺する樹。監禁していた相手を打倒したとは思えない有り様である。
「あ、異散さんに冴夏さん、お久しぶりです! 助けに来てくれたんですねっ!」
 目の前の惨状とは不似合いの笑顔を浮かべ、樹はひょこひょこと2人の方へと駆け寄る。
「僕なら見ての通り無傷です。まぁこの3日間、水しか飲んでないのでお腹は空いてますが……」
 よく見れば、樹の笑顔は普段より力ないそれだった。
『待たせてごめん』
「いいえ、大丈夫ですよ異散さん。大丈夫、ですけど――」
 大丈夫と言いながら、樹の身体は前のめりに倒れていた。どうやら今しがたの喧嘩で、体力を使い果たしてしまったようである。反射的に樹の腕を掴んだ冴夏は、そのまま樹を背負う。
「じゃ、帰ろっか」
 冴夏の言葉に異散はこくりと頷く。
 そうして2人は樹を取り返し、廃工場を後にした。


「しっかしまぁ、今回はちょっとだけあの双子に同情しちゃうよねー」
 車の助手席に乗った冴夏は、電話でボスに樹の無事を伝え終え、伸びをしながら言った。
「いーくんは窮地になればなるほど喧嘩に強くなっちゃうんだからさ。3日も監禁してたら、そりゃあクライマックス迎えちゃうよ」
 車は夕暮れの田舎道を駆け抜ける。
 桜井樹誘拐事件は、こうして事無きを得たのであった。


終わり
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……と、いうわけで。
ついったの診断メーカーにて、
桜井樹 巨大麻薬カルテルのボスの一人息子。普段はそれを隠し普通に生活している。しかし、組織抗争に巻き込まれ… 口癖は「残念だったな!」http://shindanmaker.com/389754
なんて結果が出て、それから派生したものをついったでちょろっと書いたのですが、その延長戦というか拡張版というのが今日の記事です。
『しろくろ』のなんちゃってパロディ、『死炉苦炉』でした。
樹くんが追い詰められたら喧嘩強いっていう設定は、まぁこのパロディ内のみの設定と言う事で(笑)
書くのに思いの外時間がかかってしまいましたが(約1時間半)、まぁ楽しかったです。THE 自己満足。
今日は日付偽装でした。
posted by 爽川みつく at 23:59| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

投げっぱなし未完『しろくろ』番外編

というわけで、投げっぱなしの未完小説です。
小説とすら言えないですかね。せいぜいあらすじですかね。
ひとつ前の記事で言っていた資料集めが死に装束についてだったので、そこから派生した『しろくろ』の番外編です。
いわゆる冴夏さんの日常編的なやつんですけれど、完成させる気がないのでここに投げます。
中途半端なもん投げつけんなという話はごもっともなんですが、このアイディアを取っておいても使わない感満載なので、吐き出して楽にさせてください。
そんな感じで以下、思いついたところまで。

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まだ夏とは言えないけれどとにかく暑くて仕方がなかった時期に、俺は友達数人の午後の授業を抜け出して川に遊びにきた。
プール掃除の為に持ってきていた水着に着替えて遊んでいたのだけれど、俺はうっかり足を滑らし流され、そのままあっけなく死んでしまった。

「やあ、初めまして少年。君、死んだんだけど、自覚してる?」
次に目を覚ました時、俺の目の前には一発で不審者だと断言できる男がいた。
その不審者は自身を死神だと言った。
普通であればまず疑ってかかる発言だけれど、自分に体温がないことや心臓の音がしないという事から、信じるしかなかった。
不審者の名前は一木冴夏と言った。

『神との契り』という儀式めいたものを行い、俺は「白い魂」とやらになった。
一木さんは目隠しをしている癖に、神判石の色を何と言う事もなく言い当ててみせた。
「ふぅん、少年は白い魂か。珍しいね、まだ若いのに未練とかないんだ?」
「やりたいことは全部やらせてもらえてたから、未練はねぇかな。だけど、その……ひとつ、頼みごとしても良いか?」
「頼みごと?」
「あの、その、俺……死んだ時の格好のままじゃん」
「そうだね」
「つまり、水着しか着てないわけじゃん」
「そうだね」
「そうだね――じゃねぇよ! 何か着るもん寄こせって遠回しに言ってんだよ! ひどい絵面だぞこれ!!」
未成年が水着の状態で赤髪の不審者と歩いているというのは、いくら誰にも見えない状態になっているとはいえ、精神的ダメージを考えると回避したいものがあった。

「じゃあ俺のパーカー貸そうか?」
「よりひどい絵面になるわっ! 何か他にねぇの?!」
「文句の多い少年だなぁ。じゃあ、はい」
そう言って一木さんがが指をぱちんと鳴らすと、途端に身体に衣服の感触が生まれた。
「お、おお……ありがと――って、これ死に装束じゃねえ?」
左前の真っ白な着物。それは間違いなく死に装束だった。
「そうだよ。でもこればっかりはどうしようもないよ。死神が用意できる服はそれしかないんだ。だから、それで我慢してくれよ」
「分かった……」
「うんうん、それは良かった。ていうか、そうだね。少年に服を着せておかないと、もしめーちゃんに会ったら何されるか分かんないや」
「めーちゃん? 誰それ」
「まぁそれは『扉』に向かいながら話すよ。じゃあ、いこうか」

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以上。本当の本当に思いついたところだけ書いた投げっぱなし小説もどきでした!
何が書きたかったって、まぁ水着云々のところですよね\(^o^)/
posted by 爽川みつく at 21:21| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

『炭酸ソーダ』蛇足

支部にうpした『炭酸ソーダ』の続きです。
追記からどうぞー。


『炭酸ソーダ』 続き
posted by 爽川みつく at 18:25| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

「regret」

「……やっちまった」
もしも神様ってやつがいるのなら、早く俺を消してくれ。
神様、俺は取り返しのつかない過ちを犯してしまったんだ。
もうこの世界にはいられない。
地球の裏側にだっていられない。

「捕まるよな、これ」
俺の足元には、顔を真っ赤にして死んだ親友がいる。
首には、隠しようもない俺の両手の痕。
言い訳なんて出来るはずもない、俺が殺してしまったのだから。

「………どうしよう」
殺すつもりなんてなかった。
ちょっとふざけて、首を絞めるフリだけのつもりだった。
それなのに、どうしてだろう。
親友の首に手を回すと、自分を止められなくなった。
ゆっくりと力を込めると、親友が苦しそうな顔をする。
俺の名前を呼んで、やめろと言う。
それが――その快感が、俺の理性を吹き飛ばした。

「なぁ。目ェ開けろよ……」
静寂が逆に俺を責め立てているようで、涙が零れた。
それでも、誰も何も言ってはくれない。
助けてくれるはずがない。

こんなつもりじゃなかったのに。



end
posted by 爽川みつく at 16:02| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月06日

いつか、きっと

「君は優しいね」
刺すような冬の空気に身を震わせながら、あんたは笑う。
暗がりの中で、あんたの口から白い息が出るのが見えた。

「優しすぎると言っても良いくらいだ。その優しさには吐きそうになる」
「…だったら吐いちゃえば良いじゃん。吐いたら楽になるよ?」
あんたの言葉に、俺は冗談交じりにそう言った。
それに対してあんたは真面目な顔して、嫌だよ、と反論する。
「そんな事したら、私の中にある君の『優しさ』がなくなってしまう」
「…………………………」

なんだか恥ずかしくて、俺は顔をあんたから背ける。
どうしてそんな事、平気で言えるんだよ。
俺はあんたに、もう何も返せないというのに。

「私は君が大好きだ。君のその誰に対しても平等に優しさを与えるところが、大好きだ」
「誰にでも、平等…?」
何を言ってるんだ?
俺はあんたの事だけを考えているのが、分からないのか?
「君はどんなに嫌いな相手でも、結局は助けてしまうだろう? 正反対の人間とも、仲良く話せるだろう? …どれも私には無理な事だ」
「それは人それぞれじゃん」
「そうかもしれない。人の個性はそれぞれだ。たまたま君の個性が、吐きそうになるほどの『優しさ』だっただけなんだろう。だけど私は、その優しさに助けられた」

冬の空気が、痛いほど俺を刺す。
ずきずきと。
ざくざくと。

「ねぇ。こっちを向いてよ」
言ってあんたは、寝転がっている俺の顔に触れた。
あんたの温かい手が、俺の冷たい頬を包む。
その手が嬉しくて、俺はその上に俺の手を重ねた。
「無理。今俺泣きそうだもん」
「構わないよ」
「俺が構うんだよ…。あんたに泣き顔とか見られたくない」
「何をいまさら。この間、私の前で散々泣いたじゃないか」
「うるさいなぁ。…分かった分かった、俺の負けです」

あんたの手に俺の手を重ねたまま、俺は顔をあんたの方に向けた。
「……あれ。あんた泣いてんの?」
驚いた。
まさかあんたが泣いているなんて、思ってもみなかった。
あんたの泣いてる姿を見たことがなかった俺は、きっと目をぎょっとさせてしまったのだろう。
俺を見て、あんたは頬を伝う涙を拭う事もせず、いつものようにくすくすと笑う。

「そりゃあ泣きたくもなるよ。私は君の優しさに、吐きそうになってるんだから」
「…………そっか」
あんたが泣いてる本当の理由を、俺は知っている。

それは――俺がもうすぐ死ぬから。

腹に空いた風穴に、冬の空気がよく通る。
痛いほど。
だけどそれさえ、今となっては気持ち良い。

冷めていく俺の身体。
あんたの温かい手。
この正反対の感覚が、何故か俺の心を穏やかにさせる。
死を受け入れていく。

「……気分はどうだい?」
俺の頬に涙を溢しながら、あんたは俺に問う。
その問いに、俺は少し無理矢理に笑ってみせた。
「これ以上ないくらい幸せ。だってあんたが隣にいるんだもん」
「…嘘はつかなくて良い。本当は、辛いくせに」
言ってあんたは不機嫌そうに顔を背けた。
俺は重ねたあんたの手をぎゅっと握り、本当だよ、と言葉を強めた。
「最期の最期まであんたの顔が見られるんだ。幸せじゃないはずない」

ああでも、あんたより先に死んでしまうのは心残りかもしれない。
そう言いたいけれど、俺の口から言えるはずもない。
それに。
息が、上手く出来ない。
俺、そろそろ死ぬのかな?

「私は弱い人間だ。君無しでは生きていけないよ……」
そんな弱音を吐くなって。
吐くならそう――俺の『優しさ』とやらを吐いてくれ。
そしてあんたの中から、俺という存在を消してくれ。

「君の後を追って私が死ねば、君は怒るんだろうな…。だから――だから私は、生きていく。君の分も、生きていくよ」
そうだ。
あんたはやっぱり、そうでなくちゃ。

「……君はこんな時でさえ、笑うんだね」
「まぁ…ね」
せめて笑って死ねたら、きっと良い事だから。
苦痛で顔を歪めて死ぬよりは、良いだろう?

「それじゃあ……俺、そろそろ逝くわ」
あんたの温かい手を握る力が抜けていく。
あんたの顔が、見えなくなる。
冬の空気は最期まで痛かった。

「ばいばい、■■」
「違う。またね、だよ。△△」
「……馬鹿」

でもそんなあんたが、大好きだった。



end
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2009年11月08日

「有無の境界線」

有ると言われればありません
無いと言われればありません

世界はとってもあやふやで
だからきっと「この世界は実は夢でした」なんて言われれば、私は信じてしまうでしょう
あやふやで
曖昧で
境界線はどこにもありません

夜空で一番輝く星は人工衛星
夜空を横断するのは飛行機
有ると言われていたものが消え
無いと言われていたものが現れた
世界は進む
たくさんのものを消しながら
あやふやに
曖昧に
境界線を消し去っていく

こんな世界はあやふやで
生の実感を得ることさえ難しい
生きているものはいつか死にます
死んでいるものはいつまでも記憶の中に
あやふやから
曖昧に

私は
私達は、こんな世界でも生きていきます
他の世界を知らないから
あやふやでも
曖昧でも
境界を知らなくても
私達は生きていけます
posted by 爽川みつく at 22:00| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

晴れのち曇り、翌日は雨D

「………弥生さん」
雨の上がったばかりの屋上には、久しぶりに見る弥生さんの姿があった。
どんなに目を凝らしても、弥生さんの向こう側が透けて見える事は無い。

「久しぶりですね、皐月君」
笑顔を向ける弥生さんは、一週間前と何も変わらない。
やっぱり弓口が間違ってたんだ。
「…………良かった」
「本当、晴れて良かったです。これでようやく、天体観測が出来ますね」
「………………………………」
「どうしました? 皐月君。今日は何だか静かですね。嫌な事でもあったんですか?」
 怪訝そうな顔をして、弥生さんは俺の顔を覗き込む。
心配されているのは、目を見れば十二分に伝わった。
こんな人が、俺を死なせようとしているというのか。

「弓口が……、友達が、ちょっと変な事言ってたから…。少し、頭が混乱してるんです」
「変な事?」
「今年の飛び降りは俺だとか………、死に損ないの幽霊が誰だとか」
弓口と居た時よりも、気分が悪い。
肺が正常に働かない。
脳に酸素が届かない。
目が映像を写さない。
耳が音声を通さない。
体重を支えていれなくて、身体が勝手に傾いていく。倒れても、痛覚が麻痺したのか痛みが分からない。

「やよいさん、は………ちがうよね? ゆうれいなんかじゃ、ない、よね」
「………………………」

あれ。弥生さん、どうしてそこから動かないんだろう。
大丈夫ですかって言ってくれないのかな。あぁそっか。
吃驚して動けないのか。
そりゃそうだよな。いきなり男子が目の前でぶっ倒れたら誰だって引くよ。
小学校の卒業式練習で俺の前のやたらと体格の良かった男子が俺に向かって倒れてきた時、ドン引きだったし。
あれ。でも弥生さん、驚いたにしてもちょっと長すぎやしないか?

「本当は皐月君にも、私と同じ感覚を味わって欲しかったんですよ。あの全てから解放されていく感覚は、誰もが味わうべきものなんですから。世界が暗転したら、そこで終われるんですから。でもね、皐月君――――」
弥生さんが何か言っている。
なんにも聞こえない。
弥生さんの口が動いているのが、辛うじて見える。

俺の傍に膝をついた弥生さんは、そっと俺の頬に触れる。
ひんやりとしていて、とても気持ちが良い。
「―――私は、貴方と一緒に居たいです」
だから私と一緒にいきましょう、と言ったのをぼんやりと理解する。

「弥生さんて………北斗七星、好き?」
「はい。大好きです。――ほら、あそこに見える星がそうですよ」
「あぁ……。あれが、そうなんですか」

その会話を最期に、俺は意識を手放して、そして―――









「………――――――――」
空が、黒い。
それが夜を意味しているものだと理解するまでに、寝ぼけた俺の脳みそはおよそ十分を必要とした。
覚えていないけど、変な夢を見ていた所為だろうか。

「さてと、始めますか」
背伸びをして、俺は望遠鏡を組み立て始める。
夜の学校に忍び込んでの天体観測。
スリルは満点だが、星座を教えてくれる人がいないのが難点だ。
「人体模型も、まぁスリルなのかな」
いや、何を言ってるんだ俺。
人体模型を怖がる高校生なんて今時いる訳が無い。

「北斗七星は確かあれでしたよね、弥生さん」
夢の続きだろうか。
誰だよ弥生って。



posted by 爽川みつく at 23:16| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

晴れのち曇り、翌日は雨C

それから一週間連続雨天という結果で時間が経過した。
何でこんな時だけ天気予報は百発百中なんだよ、と屋上で叫びたかったのは言うまでもない。
がしかし、俺が屋上に行くと同時にそれこそバケツ以上の大物に入っていたのかと思うくらいの大雨に襲われ、この一週間の間、俺は一回も屋上に出れていない。
ばかりか、毎日来ていると言った弥生さんの姿も見れなかったのである。

「弓口、もしかして俺って誰かからいじめられてんのかな」
「何、唐突に」
弁当に入っていた鮭の丸焼きに夢中になっていた弓口は、俺の投げかけた質問に対し、深いため息と共に思いっきり俺を睨んだ。
不機嫌丸出しだった。
「だって一週間だぞ? 誰かの陰謀が絡んでいるとしか思えねぇ………」
「被害妄想って言うんだよ、それ」
そうして鮭を食べ終えた弓口は、弁当箱を片付けながら答える。
「被害妄想?! だったら教えてくれ、俺は今いじめを受けているのか否か!」
「受けてないよ。むしろ古川君がいじめに遭うなんて想像する方が難しい。いじめっ子なら、或いは想像できるかもしれないけど」
「断言しよう! 俺は今、お前からいじめを受けていると!」

しかし、こうも連続して雨となると、本当に誰かの陰謀なんじゃないかと疑いたくもなる。
弥生さんも毎日来るとか言ってた癖に、この一週間全然姿見ないし。
雨が嫌いだから、屋上を避けているのだろうか。
いやしかし、今日は午後から晴れる予報だ。
ここまで百発百中で来たんだ、外れるはずが無い。
この予報に賭けて、俺は望遠鏡を持ってきているのだ。
外れたらクレームつけてやる。

「古川君。前に言ってた人の事だけどさ」
デザートの八ツ橋を食べながら、弓口はどうでも良いけどまぁ言っておくかみたいな雰囲気で言った。
「え、何。調べたの?」
「知らない事があるってのが気に食わなくてね」
勉強に関してもそれくらいの意欲があれば弓口は赤点常習犯にはならなかったに違いない、とは口が裂けても言えなかった。
「で? 弥生さんの写真は見つかったのか? すっげぇ美人だったろ」
「うん。すごい美人だった。そのまま行けば幸せな人生送る事間違い無しだったろうね」
「過去形にする意味が分かんねぇ。俺らは未来ある高校生だろ。日本語くらいしっかりしとけよ」
「良いんだよ。過去形で合ってる」

真面目くさった顔で俺を見る弓口であったが、しかし残念な事にそれによって八ツ橋の中の餡子が歯と歯の間に挟まっていたのが分かってしまった。
「なぁ弓口。非常に言いにくいんだが…」
「弥生さんてヒト、もういないんだよ」
「餡子が歯に――――――は?」

もう、いない? 
誰が?

「死に損ないの幽霊の話は、勿論知ってるよね。僕が教えたんだから」
ゆうれい―――幽霊?
「本名は木下弥生。今から十五年も前の生徒で、受験に失敗した直後、この学校の屋上から飛び降りてる」

弥生さんが雨の日が嫌いなのは――受験に落ちた日が雨だったから。
でもそれが高校入試だったとは――一言も言ってない。

「その後、その生徒がどうなったのか。古川君も知ってるはずだ」
知っている。
でも、それとこれとは違う。

「古川君。君は屋上で、誰と話していたんだい?」

視界が、ぶれていく。
呼吸が、出来なくなる。
手が、勝手に震える。
おいおい、なんでこんなに気分が悪いんだよ。

「どうして誰も屋上に近寄らないか、古川君は本当に分かってる? 高校生にもなって、みんな噂を信じてるって訳じゃないんだよ」
弓口はいつもと変わらず淡々と、俺の聞きたくない事ばかりを話していく。
今なら、外は晴れている。
弥生さんがいるかもしれない。
早く会いに行かなきゃ。
天体観測やるって約束、守らなくちゃ。

「毎年一人ずつ屋上で飛び降りが起きてるんだよ。まぁ殆どは未遂で終わってるけど。でも、近付かない理由としてはそれだけで十分だ」
「そんな話、俺は……」
「聞いた事無くて当然だよ。古川君、あんまり教室にないから」
友達は多い方だ。
でもだからと言って、一人一人の話を全部真面目に聞いていた訳ではない。
「もう屋上に行かない方が良い。今年の飛び降り、古川君になるんじゃないかって噂まである」

違う。
弥生さんは確かに生きているんだ。
人体模型を異常なくらいに怖がって、星が好きで、笑顔がとても印象的な、普通の人間だ。
どうして幽霊と間違われちゃうんだよ。

「俺……屋上に行ってくる」
「別に止めないけど。ねぇ古川君」
立ち上がった俺を見上げて、弓口は聞き逃してしまいそうな声で言う。
「北斗七星って北から動かないって知ってた?」
「?」
意味が分からいから聞き返そうかと思ったが、今はそれよりも屋上だ。
屋上に行かなきゃ。

いつも何気なしに通っている廊下なのに、いつもより息苦しい。
怖いくらいに視線を感じる。
みんなに見られてる。
俺はただ歩いているだけで、見られる必要なんて無いのに。
posted by 爽川みつく at 22:24| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

晴れのち曇り、翌日は雨B

「………………はは」
「へ?」
自然と俺の口からは、笑い声が漏れた。
ここまで来たら、もう止められない。
俺は呼吸困難一歩手前まで大声で笑ってしまった。

「……酷いです皐月君。何もそんなに笑わなくても良いじゃないですか」
俺の笑いが収まったのは、それから十分後。
昼休みもあと数分で終了というところである。
「だってまさかそこまで人体模型を怖がってるなんて、思ってもみなかったし…」
昨日の人体模型云々の話も、きっと弥生さんにとっては切実な問題だったのだろう。
あ、ヤバいまた笑いそう…。

「で? 天体観測、何時やるんですか?」
笑い出したら止まらないのは今のやり取りだけで分かったらしい弥生さんは、釘を刺すように言うのだった。
「や、やっぱり晴れた日が良いですよね。星が良く見えるように。ここ最近の天気は………と」
携帯電話で天気情報を検索。
「げ。暫く雨が続くんだ…。来週の終わりくらいに、ようやく晴れマーク、ねぇ」
「それでは来週になりますね」
「うん。あ、弥生さん。ケータイのアド、教えてくれませんか?」
「あど?」
「来週って言っても曖昧だし。ケータイで連絡とってた方が早いと思うんすよ」
「残念なんですが……、私、携帯電話を持ってないんです」
「あ、そうなんですか」
イメージ通りと言えばそこまでだけど、でもやっぱり意外だ。
それは女子高生は例外無く携帯電話とにらめっこしているようなイメージが、未だに俺の脳内にある所為だろうか。

「私、殆ど毎日屋上に来てますから。大丈夫ですよ」
「そっすね」
そこまで話した時、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
休み時間は本当、あっという間である。
「じゃ、教室戻りますか。弥生さんて次は―――」
何の授業なんですか、と訊こうとしたのだけれど、その質問をする事は叶わなかった。
昨日同様、弥生さんはいつの間にやら居なくなっていた。

「どんだけフットワーク軽いんだ……」
次の授業、案外体育だったりしたのかもしれない。
それなら悪い事をしたな、と思いつつ、俺も階段を下って教室へと戻った。
次の授業は、確か―――世界史だ。
posted by 爽川みつく at 22:05| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

晴れのち曇り、翌日は雨A

翌日。
弥生さんと出会えたのが放課後も終わり頃であった事から、どうやっても会えるのは放課後になってしまうと嘆いていた俺は、相当テンションが低かったらしい。
弁当を食べている時、周りから指摘されてしまった。

「そんな人、見た事ないね」
学年一の情報網を持つ弓口(ゆみくち)に、場所が屋上だったという事だけをぼかして弥生さんとの一連の出来事を説明してみると、衝撃的な事実が飛び出した。
「でも実際に会ってるし、名前も聞いたんだぜ?」
「案外、その弥生さんて人が人体模型なんじゃないの?」
呆れた口調で、弓口は弁当に入っていた手羽先を頬張った。
突っ込んだら負け。

「馬鹿。人体模型ってのは男だろ。弥生さんは正真正銘の女でしたー」
「女装してたのかもしれない可能性は?」
「そんな変態、いたら全力で逃げてます」
「一昔前の雰囲気の線の細い女子……ねぇ。流石に学年違うと分かんないや」
「そっか…」
 一年生の情報ならあらかた掴んでいる弓口ではあるが、やはり限界はあるようだ。

俺は弁当箱を片付けて立ち上がった。
「む。もう行くの? 保健室」
「うん。今日はきちんと戻ってくるから」
果たして、弓口は俺が保健室と偽って屋上に行っている事を知っているのだろうか。
知っていて黙っているのなら、弓口は根っからの『良い奴』なのかもしれない。
友人に恵まれているというのは、喜ばしい事である。
……昔から友達だけは多いものな、俺。

「お」
 屋上への扉を開けると、曇り空が視界に飛び込んできた。
今にも雨が降りそうなくらい、ずっしりとしている。
こういう空を見ていると、青空の時とは違う意味で自分を自覚してしまう。
空が低いと世界が狭まった気がして、窮屈な場所に俺はいるのだと思わされる。
だから曇りの日は少しだけ屋上で過ごして帰るのだが、今日はどうやら例外になりそうだ。

「あら、皐月君。昨日は無事に帰れましたか?」
そう言って微笑んだのは、なんと驚き、弥生さん。
フェンスに寄りかかって、無防備に下の風景を楽しんでいた。
弥生さんのスカートは長いから、そういう期待はしてません。
してませんとも。
「……星空見るには、早いんじゃないんですか?」
質問に質問で返すのはあまりやりたくない手段だけれど、俺の脳内での処理はここが限界だった。
「別に私は星空だけが目的って訳じゃありませんし。好きなんですよ、曇り空」
「それなら今日はとっておきですよね。もうすぐ雨も降りそうだし」
言いながら弥生さんの隣で空を見上げる。
そろそろ降り出すんじゃないだろうか。

「―――雨は、嫌い。です」
しかし弥生さんは俺の想像していたものとは違う、絶対的な拒絶を含めた言葉を発した。
「? そうなんですか」
てっきり曇りが好きなら雨が降る直前なんかが好きだと思ったんだけど、どうも違ったらしい。
弥生さんの表情は、隣から見ても分かるくらいに不機嫌になっていた。

「第一志望の学校の合格発表の日、雨だったんですよ。だからでしょうかね、それから雨は嫌いなんです」
淡々と、まるで他人事のように話す弥生さん。
高校入試で、それ程までに辛い思いをしたのだろう。
「でも、合格してたなら良かったんじゃないんですか?」
「落ちたんですよ、その日に」
「………………………」
地雷を踏んでしまった。
くそう、屋上に人がいない事が逆に辛い!
気まずすぎる!

「や、弥生さんて、星に詳しいんでしたよね?」
気まずい空間打破の為、俺の口は動き出す。
「え? あ、まぁ。一般教養程度なら」
「じゃあ今度、一緒に天体観測やりませんか?」
星空が好きだと言った弥生さん。
だったら、天体観測はもってこいのはずだ。
「天体観測、ですか…?」
明らかに拒否したそうな声音の弥生さん。
やっぱり無理か。
よく考えてみれば、まだ会うのも二回目だし。

「やっぱり駄目ですよね? いやただの冗談ですよホント冗談です俺は冗談を言う為だけに生まれたと言っても良いくらい冗談しか言いませんから―――」
「したいです、天体観測」
言い訳を延々と続けるだなんて格好悪…。
なんて思う頃には既に俺の口は止まる事を知らない暴走列車と化していたのだが、それを易々と止めたのは、弥生さんの一言だった。
え、今何て?

「天体観測はとても素晴らしい提案です。でも……」
「でも?」
「………………………」
黙って俯いてしまって、弥生さんの表情が全く見えない。
やっぱりほぼ初対面の男とは行きたくないのだろうか。
「無理しなくても良いんで―――」
「怖いんですっ、人体模型が!」
「―――――はい?」
 ジンタイ、モケイ?

疑問符を浮かべる俺を放って、弥生さんはがばっと顔を上げると、涙目で俺に詰め寄ってきた。
「だって天体観測する絶好の場所って、この辺じゃやっぱり学校しか無いじゃないですかっ。でもそんな遅い時間まで学校にいたら人体模型と遭遇するかもしれなくて、私、それだけが本当心配なんです…!」
「…………………………」
「何で黙るんですか皐月君っ。人体模型は怖いんですよ?! 恐怖の対象以外の何者でもありません。あの無表情が追ってくると考えたら、私はもう………」
弥生さんはそこまで言うと、へにゃへにゃとその場に座り込んでしまった。

posted by 爽川みつく at 22:41| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

晴れのち曇り、翌日は雨@

雲ひとつ浮かばない空が、俺は好きだ。
日中の青空を見ていると、空が自分の存在をあやふやにしてくれるし、星空になれば一転して存在を明確にしてくれる。

青空はとても高く、深く、広い。
この空を見ている人間が大勢いると思うと、俺は俺である事を忘れられる。
特にテスト前なんかは、自分の最悪すぎる成績から目を背けられたりも出来るし。
本当はじっくりと星空も眺めたいものだけれど、生憎と俺は人口密度の高い集合住宅に住んでいて、ちっとも星なんて見れやしない。
夜が深くなっても、見えるのは精々一等星くらいだ。

高校入学当初、俺は天文部に入ろうとしていた。
が、先輩は誰もいなければ顧問は不在という現実を目の当たりにし、即座に諦めた。
教えてくれる人がいなければ意味が無い。

だから俺は最後の抵抗として、晴れている日には屋上でじっくりと空を眺める事を日課とする事にした。
今日も今日とて、クラスの連中と適当な話をしながら弁当を食べ、そそくさと一人で屋上に行く。
基本的に屋上は開放されていて、生徒は無条件で屋上に来る事が許されているのだけれど、いつも屋上には俺しかいない。
別に俺が喧嘩っ早い不良であるとかではなく、ただ単に屋上には噂があるのだ。

曰く、「死に損ないの幽霊」。
昔、ここで自殺を図った生徒がいたらしい。
屋上からの飛び降りだ、無条件で即死できると思ったのであろう。
しかし運が味方したのか敵対したのか、その生徒は全身麻痺という結果だけ残して生き残ってしまった。
それが堪らなく嫌で、その生徒は飛び降りから一年後、病院で舌を噛み切って今度こそ自殺。
 一瞬で自分を死なせてくれなかったこの学校の屋上に取り憑き、今も屋上にくる生徒を死なせてあげようとしているらしい。

いやはや、高校生にもなって皆様それを律儀にも信じていらっしゃるようで、屋上には誰一人として来ない。
おかげで俺は、一人優雅に屋上で空を眺める事が出来るのである。
幽霊なんて不確定なモノ、存在する訳がない。
在るというのなら、俺だって信じたいくらいだ。

「………――――――――」
空が、赤い。
それが夕方を意味しているものだと理解するまでに、寝ぼけた俺の脳みそはおよそ十分を必要とした。
覚えていないけど、変な夢を見ていた所為だろうか。
「…………やばい、寝過ごした」
だから秋の日差しって奴は侮れないんだ。
ゆっくりと身体を起こすも、節々が痛い。やっぱり長時間コンクリートの上で寝るものじゃないな。
これからはこんな場所で寝ないようにしよう。
…なんて。この決意自体、もう何度目になるか分からないけど。

「十八時………。午後の六時過ぎか」
まだ寝ぼけた頭でケータイを開いて画面を見てみると、やはり夕方も終わりごろだった。
そろそろ警備員さんが鍵を閉めに来る時間帯か。
急がないと屋上の鍵を閉められて出れなくなる――と想像出来るのは、決して俺が以前そういう経験を通して屋上から脱出する術を見つけ出した事とは一切関係無い。
一般常識である。

「こんな所で、何をしているんですか?」
後ろからか細い女子の声がして、ゆっくりと振り返る。
逆光で顔がよく見えないけれど、異常な程に線の細い子だというのは分かった。
靴紐の色が青という事から、上級生である事も判明。
「………ただのサボリ、です」
少し、警戒。
幽霊を信じてない俺が言うのもアレだが、この学校の屋上はそういう場所だ。
いつも誰もいない屋上に俺以外の生徒など、怪しすぎる。
「だけど、もう授業は終わりましたよ」
正論を言うと、謎の女子生徒は俺の隣に座った。
「サボリからお昼寝に移行したので。……そういうアンタは?」

真っ直ぐに揃えられた前髪に、生徒手帳に記された通りのスカート丈の謎の女子生徒に尋ねる。
彼女の白い肌には橙色の夕日が当たっていて、何だか儚く思えた。
こんな場所でサボろうなんて人種では無さそうな見た目をしているのに、本当この人は何をしに来たんだろ?
「私は、星を見にきただけです」
「…星を?」
「えぇ。ここからだと良く見えるんですよ、北斗七星」
「北斗七星――っすか」
「はい」
笑顔で答える謎の女子生徒は、ゆっくりと視線を空へと向けた。
赤と紺の混ざり合った空には、一等星が現れ始めている。
北斗七星、か。
名前は良く聞くけど、イマイチどこにあるか分からないんだよなぁ。

「でも、もうすぐ校舎閉まるんじゃないんすか?」
暫く一緒に眺めていたが、ふと現実が俺の口から出てしまった。
「え?! それ、本当ですか?!」
「ほ、本当です。嘘言っても仕方ねぇし」
というよりも、どうしてこの人はそれくらいの事も知らないのか、不思議で仕方ない。
学校は妖精さんが守ってる訳じゃないんだぞ?
「じゃ、じゃあ私、今日の所は帰りますっ」
言って、謎の女子生徒は慌てて立ち上がった。
「あ、ねぇ、ちょっと待って」
「な、何ですか? 早く学校から出ないと、閉じ込められちゃいますよ?! 私、人体模型と一夜を共にするなんて嫌ですっ」
「あ、いや。…名前、聞いても良いですか?」
もしかしたら、星座を教えてくれる人が出来たかもしれない。
名前さえ聞いておけば、後で何とでもなる。

「私……。私は、弥生(やよい)です」
「俺、皐月(さつき)って言います。一年の」
 笑ってみせると、謎の女子生徒――もとい、弥生さんも笑った。
不思議と、暗くなる背景でも彼女の顔ははっきりと見る事が出来た。
「では、さようなら。人体模型と夜を共にしないようお気をつけ下さい」
「あ、うん。また…」
また明日、と言おうとしたのだが、言い終える頃には弥生さんは消えていた。

「人体模型、そんなに怖いかなぁ…」
いやしかし、面白い人に会えたものである。
星座に詳しそうで、面白い。
人材としては最高だ。
もし上手くいけば、部は出来なくても同好会くらいは何とかなるかもしれない。
posted by 爽川みつく at 22:26| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

「墜落の虚像」


飛び降り。

高い場所から下の風景を眺めていると、その単語が脳裏に浮かぶ。

例えば学校の最上階。
例えば上っていくエレベーターから見た外。
例えば映像で見る世界の景色。

ふいに飛び降りたくなる。
いや、降りるというよりは落ちる感覚の方が近い。
落ちて、そして。

そこにあるのは快楽だけ。
きっと痛みなんてない。
痛みを知る前に、世界は暗転するだろう。
それが素晴らしい。
それがいとおしい。

落ちる喜び。
落ちる悦楽。

だけどわたしは、それらを知る事はない。
落ちたらどうなるか、痛いくらい分かっているから。

落ちた悲しみ。
落ちた喪失感。

ばいばい現実。
ばいばい人間。
落ちて、そして、わたしの魂は飛んで行く。
知らない場所に飛んで行く。
posted by 爽川みつく at 15:31| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

「体内循環」

私は貴方に食べられたい

だから私の血も、肉も、ぜんぶあげる

私は貴方に取り込まれ、貴方の中に
貴方は私を、私は貴方を常に感じあう
いいの、私は気にしないで
たとえ私に意識がなくっても、貴方が私を思ってくれるなら、私は満足するわ
私は貴方の体内を巡るの
余すとこなく巡って、貴方を守ってあげる
辛いことがあったら私に言ってね
私が代わりに貴方を演じてあげる


ねぇだから

そんな顔しないで、早く私を食べて?
早く食べてくれないと、私がこのお腹を引き裂いて、内蔵で貴方を束縛しちゃうわ

ねぇ、早く
posted by 爽川みつく at 20:33| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

理想と現実

嘘が本当になれば良い。
本当が嘘になれば良い。

大嫌いなあいつがいなくなればいい。
大嫌いな出来事が消えてしまえばいい。

願うのは簡単だ。
叶うのは少数だ。

もっと強く、現実が私を捕まえてさえくれれば、私は理想に逃げたりなんかしない。
もっと強く、理想が私を誘惑しなければ、私は現実から逃げたりなんかしない。

リアルをください。
フェイクはいりません。

間にいるのはとても辛くて。
私はどこへ向かえば良い?
最後まで行き先をあやふやにして、私は一体どこへ行く?
どこへ行ける?

ねぇ誰か。
これからの私を教えてください。
未来が分かっていれば、私は自信を持って一歩を踏み出せます。

今にも死にそうな私に一言だけ訊きたい。
どんな人生だったのかと。
それが聞けたら、きっと安心して人生を送れる。
でもそれができないから私は、人間は、迷いながらも力強く歩いていけるのだろう。

それなら私は、笑っていこうと思う。
泣きながらなんて嫌だから。
悲しみを吹き飛ばせるような笑みを浮かべていたい。
posted by 爽川みつく at 20:47| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

尾花色の記憶A

『兄ちゃん、明日は家に戻るんでしょ?』
「あぁ。お前は?」
『一応戻るつもり。あの家の見納めだしね』

見納め。
その言葉が妙な重さで私にのしかかる。

「あの家、傷だらけなのによく売れたな」
それを払拭するよう、私は少し調子を変える。
『あれ、兄ちゃん知らないっけ。春先に全部直したんだよ』
「へぇ…。知らなかった」
『俺と兄ちゃんの最初で最後の取っ組み合いの喧嘩、覚えてる?』
「今でも古傷が痛むよ」
『あれで壁におっきな穴開けちゃったじゃん。あれもすっかり元通り』
「じゃあ裕汰のやんちゃしてた頃の家の破損も、全部直したって事か。そりゃすごい」
『わーわー、そんなの知りませーん』
「あっそう。でもなんでまた?」

大学生の子供が2人もいてそんな余裕がないとは、母さん自身が言っていたはずだ。
『宝くじが当たったんだよ。家を直すのには十分な額が』
「お前が当てたのか?」
『ううん。当てたのは父さん』
「うわ、珍しい」
『当てた本人が一番驚いてた。父さん、ああいうのって当たった事無かったしね』
「だろうな」

私はしばらく弟と、とりとめのない話を続けた。
話していけばいくほど、私は長い間『家族』というものから離れていたのだという事を思い知らされる。
別に意図して離れた訳ではないのに、気がつけば私だけが遠く離れた場所に立っている気がした。
そして今、父さんと母さんがそれぞれに離れていく。

『兄ちゃん』
電話の向こうで、弟が弱々しい声を発した。
『俺と兄ちゃんは、ずっと兄弟なんだよね?』
「当たり前だろ。血が繋がってるんだから」
言ってから、私は気付いた。
そう。
たとえどれだけ離れていっても、私たち家族には同じ血が流れているのだ。
それはどれだけの時間が過ぎようとも、変わる事の無い唯一の証拠。

『………明日、兄ちゃんは何時くらいに家に行く予定?』
先程とは一転、明るさを取り戻して弟は言った。
それが内側の不安を隠している事くらい、私でも分かった。
「遅くとも10時頃には着くと思うけど。裕汰は?」
『たぶん、兄ちゃんと同じくらい。駅で待ち合わせしよっか』

それから私は明日の予定をもう少しだけ話し、電話を切った。
携帯電話の画面を見るとバッテリーが残り少なくなっていて、私は充電器に携帯電話を繋げた。



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2009年03月13日

尾花色の記憶@

大学2年生の秋、私の両親が離婚した。
だからといって、既に成人式を終えた私に大きな変化が訪れる事はそうない。
名字はそのままだし、今は大学近辺のアパートに下宿しているから住所も変わらない。

最後に両親と会ったのはいつだろうかと思い出すと、それは今年の正月まで遡る。
しかし久しぶりに実家に帰った私は、見知らぬ親戚に愛想を振り撒く事で手一杯になっていて、両親とあまり会話らしい会話をした覚えがない。
母さんから、自炊はしっかり出来ているのか。
父さんから、大学生活はどうだとそれぞれ訊かれて、私はただそれに答えていた。
私から二人の近状を聞こうとはしなかった。
私は元気そうな二人を見て、それだけで満足していたのだ。

しかし、この両親の離婚を機に変わった事がひとつだけある。
それは私が18年間住んでいたあの家を捨てる事だった。

二人の両親、つまりは私の祖父母になるだろう人たちは、私が生まれる前、或いは物心がつく前に亡くなっている。
だから私は生まれた時から父、母、私、弟の核家族で生活をしてきた。
あの家は、二人の結婚と同時に買ったものだったのだ。
けれど、その家が離婚と同時に捨てられようとしている。
売りに出したところ、すぐに買い手が見つかったそうだ。

私が帰るべき家を失ったのだと気付いたのは、両親の引っ越しを手伝いにいく前日だった。
遅すぎる発見に、私は笑いたくなったのは言うまでもない。

明日からの土曜と日曜に入っていたアルバイトを無理言って友人に変わってもらい、交際中の彼女にもその2日間は会えないと連絡をいれる。
これらの作業が全て終わる頃には眠気がゆったりと私を包み始めていた。
それまで握っていた携帯電話をベッドの枕元に放り投げ、私自身もベッドに寝転ぶ。
天井を見上げると、深い溜め息が漏れた。

大学生活は予想以上に充実している。
話の合う友人、興味深い授業、雰囲気の良いアルバイト先。
だから両親の離婚というのは完全に私の意表を突いていて、連絡を受けて1週間が過ぎた今でも未だに現実味をおびない。
人生ゲームのように機械的に進む現実に、正直言って私はついていけていないのだ。

手探りで先ほど放り投げたばかりの携帯電話を掴むと、私はアドレス帳を開いた。
弟を選択して電話をかけると、4回のコールの後、
『あ、もしもし。兄ちゃん?』
陽気な弟の声が耳に届いた。
「久しぶりだね、裕汰(ゆうた)。今、電話大丈夫?」
『まぁ。何、金でも貸して欲しいの?』
「弟にたかる程、僕は生活に困ってないよ」
『でも来月から仕送減らされるって聞いたけど?』
「バイトを増やして出費を減らせば何とかなる程度さ」
『良いねぇ兄ちゃんは。俺なんて奨学金に頼らなきゃいけなくなったんだぜ?』
「私立の大学なんだから、それは仕方ないと思うけど」
まぁね、と弟の気楽に笑う声がする。
どうやら弟はそれほど両親の離婚に対する衝撃が大きくなかったらしい。
posted by 爽川みつく at 21:11| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

理不尽なチョコレートG

そのまま葬式にいけそうな漆黒のスーツ姿に、それに合わせたかのような同じ色の短い髪。
全身を黒で身に纏った沽の姿は、空気を威圧するのはそれだけで十分だった。
「えっと…………」
どうにかして口を動かし、空気はこの最悪な雰囲気を打破しようとする。
「…ノックも無しにすいません。五味、です」
「そんなの見れば分かる。何? 何しに来たの」
これが2次元であれば負のオーラが見えそうなくらい殺気立った沽は、慣れた動作で左手に義手をつけていく。

「チョコ……作ってきたんです、けど」
言って空気は持っていた包みを沽に示す。
「チョコ……? あぁ、チョコね。はいはいはいはい」
義手を付け終え、側に置かれた真っ白の傘を持ち、沽は未だ金縛りの解けない空気に歩みよる。
「えー五味ったらちゃんと作ってきてくれたんだぁ。あたし久しぶりに嬉しいかも」
「喜んでもらえて何よりです。じゃあ俺はこれで―――」
「帰す訳、ないでしょ? これでもあたし、めちゃくちゃ機嫌悪いのよ。どうしてだか分かる?」
がしりと肩を捕まれ、そのまま首に両腕を回される。
空気は完全に動けなくなった。

「ぜ、全然全く予想がつきません……!」
「へぇそっかぁ。じゃあ教えてあげよっかな。あたし優しいから」
にっこりと笑う沽も、空気にとってはもう恐怖の対象でしかない。
「それはね、酔っ払いのおっさんがうっかりこの会社に間違い電話かけてきやがって違うって言ってんのにしつこく宴会の予約いれようとしたから、なんだよ」
「へ、へぇ………」
「あの世に予約して差し上げようかと思ったっつの。だからさ、あたし今すっごい苛ついてたりするんだ。ねぇ五味、あたしはどうしたらこの苛つきを収める事ができると思う?」
もはやチンピラが気弱な男子高生に絡んでいるようにしか見えないだろうが、それを言える程、今の空気に精神的余裕は存在しない。
生きるか死ぬかの境界線も同然だった。
「タルト! このタルト食べましょうよ部長っ! 甘いの食べればイライラも収まりますって!!」
「甘いものでイライラが解消されんのは、生憎と10代で終わってるんだよねー。ざーんねん。じゃあ五味、正確を教えたげる」

首に回していた右手を外し、沽は持っていた傘を空気に見せつける。
「地下練習場、行くよ。2割力抜いて殺し合い。ゾクゾクするでしょ?」
「………………ひとつ言っても良いっすか?」
「ルール確認? 良いよ」
「逃げるって選択肢は―――」
「ある訳ないでしょうが。さ、決まったら行くよーん」
空気の腕をがっしりと掴み、部長室を出ようとしたところで、
「ま、まままま待った!!!」
空気は全力で叫んだ。
「うるっさいな…。ルール確認なら済んだでしょーが。逃げるのは無し。殺すのも無し……の予定」
「殺すのも無しですよっ!」
「用件はそれだけね?」
「いや、俺なんかよりもドクターの方が良くないですか?!」
「ドクター? 駄目駄目、あれは非戦闘要員でしょ?」
「俺に注射器ぶん投げるような人ですよ?! 部長の相手くらい、どうって事ありませんて!!」
「駄目だってば。今のあたしは五味と殺し合いしたいんだからさ」

まだ空気は抗議を続けたが、沽はそれを一切聞き入れずに部長室を後にして、エレベーター乗り場へと向かった。
「お?」
「あ、ドクターじゃん。久しぶり」
目があった沽とドクターは軽く会釈をした。
「ほらコレ。約束のチョコ」
ドクターが投げるように私達チョコを、沽は空気を引っ張っていない左手で受け取る。
「本当に作ったんだ。ありがと」
「おう。あ、いや、どういたしまして」
それだけの会話をして沽と空気はエレベーターに乗り、ドクターは乗らなかった。
否、乗れなかったと言っても良いだろう。

彼の顔は、耳まで真っ赤に染まっていたのだから。



posted by 爽川みつく at 23:19| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする