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≪取扱作品≫
・長編『宇田川社警護部特殊警護課K班 -再試行&再生&再利用-』
・短編集『それはつめたくてあたたかいもの』

2013年04月18日

違和感の正体

堂々巡りのように考えていたんですが、段々と訳が分からなくなってきたのでこの辺で考察としてまとめておこうと思いました。
自分で自分の考えが見えなくなってくるからこそのまとめです。
今日の記事は鬱々として人に不快感を与える事も予想されますので、嫌な予感がした方はブラウザバックをお願い致します。



まぁ話題は言わずもがな、就活のこと。
就職活動をして、内定を貰って、正社員として入社し、安定した収入を得て生活していくのが「普通」であって「常識」であって、「当たり前」のことです。
その「当たり前」が出来なければ「出来損ない」の「失敗作」として扱われます。
失敗は許されない。許さない。それが「常識」です。
金がなければ生きていけない。
だから、労働は必須なのだということは知ってます。理解してます。
大学まで行かせて貰ってるんだから、きちんと正社員になる為に真面目に就職活動をしなければならないということは、頭では分かっているんです。
だけど私は就活に対して違和感しかありません。
たとえば、靴を左右逆にして走っている感じ。
安定した生活を手に入れる為なら、それくらい出来て当然なんだろうと思います。
どれだけ私が違和感を感じようと、それが世の常、常識、普通に出来て当然のことだから。
しかしながら「常識的」に行うべき就活に失敗して自殺者が出ているというのも現状。
私以上に真面目に取り組んだ学生が、失敗して、自殺してるんですよ?

じゃあお前は一体どうしたいのか。
大学に行かせてもらっておいて今後何がしたいというのか。
それが分からないからこれだけ悩んでいるわけですが、フリーターになろうという気力くらいはあります。
つまり、自分の時間を確実に確保したいわけです。
そうやって創作に費やす時間を作りたいわけです。
あわよくば、なんて考えも持ってます。
まぁこう言うと、「学生気分が抜けてない」とか「現実舐めんな」とか言われるんでしょうけれども。
そもそも、就活に対して疑問を持ってしまった時点で私は終わっているんだと思います。
真っ当な大学生として、終わっているんだと思います。
そもそも「当たり前」のように私も大学進学を選んだわけですが、それは自分の意思と合致したからこその選択であって、もし興味をひく学科がひとつもなければ、大学へは行ってなかったかもしれません。

どうしたものか、分からなくなってきたから学校のカウンセラーとかに相談しに行こうとかも考えたんですけれど、赤の他人に悩みを言うのは何だか憚られるし、そもそも私がそういう自分の問題を話そうとすると確実に泣いてしまうようなので、行きたくないんですよね。
友達だろうと同様。人様の前で無様に泣きたくない。
そもそも私は「真面目に就活すべきだよ」と説得されたいわけではないのです。
他人から後押しされたいわけでもないです。
自分のことを真面目に話すのが苦手だから相談は嫌なんだけれど、ひとつ別の視点が欲しいなぁくらいの感覚です。
心配はされたくない。だから平常運転を装うしかない。

さて、ここまでいろいろと書いてきてみましたが、結局のところネックになっているのは「常識」「当たり前」の暴力的とすら言える世間一般の価値観です。
逆行するつもりはないんだけど、結果的にそうなるから動きづらい。
それに逆らう勇気がない自分が情けないとも言えますが。
ここまで親に投資してもらっておいて、結果がフリーターでは親不孝っていう一般論もあるだろうし。
何より大卒で即決フリーターは「逃げ」みたいに捉えられるんじゃないかと。
そうやって、私の嫌悪する「常識」を一番気にしているのは私自身なわけです。
お前だから大人しく就活しろよ、と結論がつきそうです。
感覚を麻痺させて、機械の如く動けと。
結局、働かなければ生きてはいけないんですし。
「社会的に生きる」ことをメインとするか、「創作活動をメインに生きる」かの違いです。

はてさてどうしたものかなぁと、まだ思考は巡るのですが、とりあえず今考えてることの7割くらいは文章化出来たので満足しました。
終わり。
ラベル:しゅーかつ
posted by 爽川みつく at 19:05| Comment(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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