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≪取扱作品≫
・長編『宇田川社警護部特殊警護課K班 -再試行&再生&再利用-』
・短編集『それはつめたくてあたたかいもの』

2012年10月25日

『炭酸ソーダ』蛇足

支部にうpした『炭酸ソーダ』の続きです。
追記からどうぞー。



▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 8月13日、午後6時50分。
 法事を終えた私は、制服を着たまま洗濯物を自転車にぶち込んで、コインランドリーへと急いだ。けれどコインランドリーに到着する頃には午後7時を過ぎていて、太陽もほとんど姿を隠してしまっていた。
 お兄ちゃんは、まだいるのだろうか。
 不安だけが先に行く。心臓がやけに騒がしくて、気持ちが悪い。それに寝不足で、頭がすこしぐらつく。昨日の夜、お兄ちゃんと何を話そうか考えていたら眠れなくなって、そのまま朝を迎えてしまった。法事の時はまさに白河夜船。お坊さんのお経は、気付けば終わってしまっていた。
 自転車から降りて、洗濯物を持ち、一度深呼吸してからコインランドリーに入った。

「こんばんは」
「……こ、こんばんは」
 お兄ちゃんはいつも通り、定位置に座って文庫本を読んでいた。
 今日は、洗濯機はひとつも動いていない。もう外が暗くなってきた事も手伝って、この空間に静けさが横たわっているような感覚に陥る。
「良かった……、まだ居てくれて」
 明らかに肩に入っていた力が抜けるのが分かった。それを見て、お兄ちゃんは屈託ない笑顔を見せる。
「あはは、約束したんだから、そりゃあ居るよ」
「そ、そうだよね。約束、したんだもんね」
 努めて冷静に、洗濯物を洗濯機の中に放り込み、お金を入れて洗濯を開始させ、私もいつもの場所に座る。冷静に。冷静に。
「……何だか、今日は様子が変じゃない?」
「そ、そうかな」
「うん。何ていうか、動きがぎこちない。筋肉痛?」
「……いや、そういうんじゃないんだけど…」
 全く意味を成さなかったらしかった。
 どうしよう。どうやって話を切り出せば…。

「あ、分かった、寝不足だ。目の下の隈、すごい事になってるもん」
「えっ」
 反射的に顔に手を当てる。しかしそんな事したって、私には隈なんて見えないし、隈が消えるわけでもなかった。
「勉強は大事だけど、無理は駄目だって。君は昔っから、ひとつの事に集中しだすと周りが見えなくなる――あ、いや、違くて…、えっと……」
 ごにょごにょと言葉を濁すお兄ちゃん。油断したとでも言いたそうな、気まずそうな表情を浮かべていた。もしかして、私に気付かれたくなかったんだろうか。だけどもう遅い。私は昨日の時点で既に気付いてしまったのだから。

「――あのさ、『お兄ちゃん』」
 私は昔のように『お兄ちゃん』と、彼に呼び掛けた。
 それでおおよそ悟ってくれたのか、お兄ちゃんは何を言うでもなく、「うん」とだけ相槌を打つ。
「私、お兄ちゃんと話したい事、たくさんある。すごく、たくさん」
 夜通し考えても、まだ足りないくらい。
「……うん、僕もだよ。僕も、話したい事が山ほどある」
 タイムリミットは、たぶん洗濯が終わるまでの1時間だろう。何となく、そんな気がしていた。いつも洗濯が終わるまでの雑談だったんだ。今日だけが例外になるはずがない。

 父さんと母さんの事。
 私の進路の事。
 受験に苦しむ私を励ましたくって、無理言ってこっちに来たって事。
 天国って場所の事。
 お兄ちゃんは向こうで、一人じゃない事。
 それに、私とお兄ちゃんのかけがえのない思い出の事。

 たくさん――たくさん話した。1時間という時間に、これでもかというほど話を詰め込んだ。詰め込めたのが不思議なくらいだったけれど、時計の針は間違いなく午後8時過ぎを示していたし、洗濯機もピーという電子音で作業終了を知らせていた。

「また会えるのかな」
 お兄ちゃんに背を向け、洗濯物を回収しながら私は言った。
「それは分からないなぁ。今回、結構無理を言って来させてもらったから」
 だけど、とお兄ちゃんは言う。
「またいつか会えるよ。そうだなぁ、君が就活する頃とか?」
「割とすぐじゃん」

「あとは……結婚する時とか?」
「それは遠い未来の話になるかもだね」
「今、彼氏はいないの?」
「うん、いない」
「まぁ出来たら出来たで、父さん辺りが騒ぎそうだけど」
「そうかなぁ」
「そうだよ。父さん、君が大事で仕方ないんだから」
「お兄ちゃんだって、大事なはずだよ」
「僕はもう、十分すぎるくらい僕の死を悲しんでもらえたから。だからその分、君が幸せになれればと思うんだよ」
「……そっか」
「うん」

「今度来る時は、父さんと母さんにも会ってあげてね」
「そうする。それじゃあ、またね」
「うん。ばいばい」

「…………………………」


 コインランドリーに、静寂が戻る。
 振り返っても、もうお兄ちゃんの姿はなかった。
 気の早い秋の虫の鳴き声が、遠くから聞こえる。夏が終わっていく。




posted by 爽川みつく at 18:25| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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