仕事にも一区切りがつく午後5時過ぎ。
空気とドクターはそれぞれが作ったものを手に、部長室に向かう。
エレベーターに乗り込み、上を示したボタンを押す。
静かに上昇していく中、ドクターはふと空気の持った包みを見た。
「…結局お前は何を作ってたんだ?オレが的無(まとなし)の治療で出払ってた隙に作ってたみてぇだが」
「タルトですよ、タルト。ドクターが生チョコなら、少し酸味があった方が良いかと思って」
「へぇ」
相槌を打つが、正直なところドクターには半分も分かっていなかった。
「部長、機嫌直ってると良いですね」
「 あいつの機嫌なんて窺ってたら何にも出来ねぇっつの。良いから、さっさと渡して帰ろうぜ」
「サバサバしてますねぇ」
「あれくらいは怒ってるなんて言わねぇからな」
それこそトラウマから得た教訓である。
エレベーターが目的の階に到着して二人はゆっくりと降り、そして歩き出す。
「一緒に渡すってのもアレですし、俺が先に渡そうと思うんですけど、ドクター、それで良いですよね?」
「待て。なんでお前が先なんだ」
空気のサポートがあったとはいえ、ドクターは料理初心者である。
ベテランの空気の後に渡すのは、無駄にハードルを上げていると同じだ。
しかし空気は軽く笑って、
「女性の扱いには気をつけないと痛い目みるって言ったじゃないですか」
と言うのだった。
「だから何だよ」
「ドクターは俺より長生きしてるんだから、それくらい分かるでしょ?」
「うっせぇ」
なんて話している内に、二人は部長室に辿り着いた。
お先に、と小声で言って、空気はノックをしようと右手を上げた――――その時。
「違うって言ってんのが分かんないの?!」
沽の怒鳴り声が、廊下にまで響いた。
ノックしようとしていた空気の右手も、自然と下がる。
瞬時に気配を消した空気が耳を澄ませて部屋の状況を窺うに、どうやら沽は電話中のようだ。
「だから、そういう仕事は受け付けてません。何度言ったら分かるんですか?」
声だけでも、沽が相当怒っているのが分かる。
その怒りに殺気すら感じとったのか、空気はそろそろと部長室から離れ、首をふるふると横に動かしながらドクターに囁く。
「やっぱりここはドクターの出番です俺の分まで頑張ってください!」
持っていた包みをドクターに強引に持たせて自分は逃げようとする空気。
しかし空気よりも背の高いドクターは力技でそれを阻止し、部長室のドアの前まで引っ張っていく。
身体能力でいえば、ドクターは空気よりも遥かに上回っているのである。
「ざけんな。お前が先に行くんだろ」
「今のはかなりヤバかったんですって!あれは人を殺し兼ねない殺気だったのくらい、ドクターでも分かってるくせにっ。俺に死ねと?!」
「あーはいはい。怪我したらオレが治療してやっから」
「嫌だっ、こんな事で死にたくないー!」
「それはオレも同感だな」
「だったら――――」
「だからこそ、この宇田川社で生きてく術を見つけに行ってこい。あいつの対処法は耳で聞くよりも実際に見た方が良いんだよ」
特にお前みてぇなのはな、と付け加えるとドクターは部長室に空気をほおりこんだ。
「え、ちょ」
だん、と机を叩いたような音がした。
電話が終わって受話器を置いたのだろう。
恐怖にかられて、慌てて部屋から出ようとした空気に、ぞくりと背後からの殺気が襲った。
「………………………………………………何」
ぎろりと睨む沽の視線は、それだけで空気を金縛り状態にした。
posted by 爽川みつく at 22:36|
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