―/――――――
学校へ通うこと。
それは二週間前の僕が切実に望んだ事らしい。
今の僕には分からないけれど、きっと消えていく自分を家でじっくりと観察しているよりはマシだと考えたのだろう。
いつもの通学路さえもあやふやで、やっとの思いで学校に着いた時には、すでに始業三分前だった。
「おはよう、惺」
「あ……うん。おはよう」
一人の女子生徒が声をかけてきた。
ショートカットの黒い髪に、紺色の制服。
中学生に見えてしまうような幼い顔立ちだが、その短く改造された制服のスカートが、彼女が高校生である事をかろうじて証明している。
「もう。こんな時間になるまで来ないから心配してたんだよ? 珍しいじゃん、惺が遅刻しそうになるなんて」
「そうかな。いつもこんなんじゃないか?」
「どうせまた、熱心に勉強なんてしてたんでしょ。惺、少しは休んだ方いいんじゃない?」
「今日はたまたまだって。寄り道してたら遅くなった」
「へぇ〜。今日の惺は珍しい事ばっかりするんだね」
「気のせいだって」
「そっか。ねぇ、それよりも惺」
「ん? 何?」
名前も知らない彼女は、快活な笑顔で僕と会話する。
僕と彼女は、一体どんな関係なんだろうか。
友達? 幼馴染み? それとも恋人?
「ほら、もうすぐアレじゃんか」
「アレ?」
「そう。あたし、すっごい楽しみにしてるんだからね」
「あぁ。大丈夫。分かってるって」
「本当に?」
「本当だよ。僕が今まで嘘ついた事あった?」
「…………………………………………………ない」
「うん。その答えを聞いて、安心した。回答までの所要時間の長さはチャラにしておくよ」
「約束なんだからね? 破ったら承知しないよ」
「はいはい。ほら、先生来たよ。席に戻れって」
僕の言葉を聞き、慌てた様子で彼女は自分の席へと戻っていった。
担任が、一人ひとりの名前を呼んで出欠確認をする。
そして、ようやく分かった。
彼女の名前は皆本(みなもと)蛍(ほたる)というらしい。
――/―――――
思い出と呼ばれるモノは、どうやら心の中に積み上げられていくらしい。
僕の中の思い出は、もう殆ど残っていない。
楽しかった事も悲しかった事も怒った事も嬉しかった事も。
彼女の楽しみにしている事さえも、全部、心と共に消えていく。
僕の中の感情も、もう残り少ない。
それくらいの現実を確認できる『僕』が残っているのが、少し気に食わないけど。
それだって、まだ僕が生きている証拠だ。
今は、まだ。
死はきっと、すぐそこまで来ているとしても、まだ僕は『僕』を消す訳にはいかない。
死ぬ事は怖くない。
そもそも、怖いなんて感じないんだ。
「死にたくない」なんて、口が裂けても言えない。
じゃあどうして僕は今、こんなにも消える事を嫌うのか。
答えは簡単だ。
あんなに輝く彼女の顔を見たら、きっと、誰だってこんな気持ちになるさ。
posted by 爽川みつく at 22:20|
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